自動化ラインを運用している現場では、熟練作業者の「経験則」が大きな力を持っています。
「この音がしたら止まりそう」「この温度なら不良が増える」──そんな“感覚”が、生産の安定を支えている場面は少なくありません。
しかし、少子高齢化や人材の流動化が進む中で、こうした「個人に依存した知見」を“デジタルに落とし込む”ことが、安定したものづくりのために急務となっています。
なぜ“経験則”をデジタル化する必要があるのか?
- 熟練者が退職すると現場ノウハウが失われてしまう
- 新人が感覚的な知識を学ぶには時間がかかる
- IoTやAIの活用には「構造化された知識」が必要
“誰かの頭の中にある暗黙知”を“再現できるルール”に変えることで、現場力が継続的に維持・拡張されるのです。
ステップ①:経験則の可視化=「言語化」と「記録」
最初の一歩は、“勘”や“コツ”をあえて言葉にしてみることです。
- 「どんな音がしたら止まりそうなのか?」
- 「どのタイミングで調整するのか?」
- 「何を基準に異常だと判断しているのか?」
こうした問いを通じて、熟練者にインタビュー形式で情報を引き出します。
同時に、作業の様子を動画で記録することで、“言葉にできない要素”も残しておきましょう。
ステップ②:ルール化・しきい値化する
次に、可視化した経験則をルールとして明文化し、制御装置やシステムで扱える形に落とし込みます。
例:
- 「気温が30℃を超えるとエラーが出やすい」
→「気温センサーを設置し、28℃以上で冷却ファン強制ON」 - 「異常音は“カラカラ”という金属音」
→「マイク+FFT解析で異常パターンを登録」
このように、現象と条件を結び付けて“デジタルルール”として実装していきます。
ステップ③:センサーデータとのひも付け
感覚的な判断を再現するには、IoTセンサーが不可欠です。
- 音 → マイク+波形解析
- 振動 → 加速度センサー
- 温度・湿度 → 環境センサー
- 状態変化 → カメラ+画像解析
これらのセンサーから得られたデータを基に、「経験則での判断」を自動判定へと近づけていきます。
ステップ④:AIやルールエンジンに組み込む
収集したデータと明文化された経験則を、AIやルールエンジンに学習・登録させることで、“自動判断”が可能になります。
- 通常時と異常時のデータをAIが比較し、パターン認識
- ルールエンジンで「条件がそろったら警告」「対処案を表示」
- チャットボットで「いつもと違う点」を対話的に確認
こうした仕組みにより、現場の判断が「人からシステムへ」段階的に移行します。
実例:食品工場での温湿度管理自動化
ある食品メーカーでは、熟練者が「今日は不良が出そうだ」と予測する感覚を持っていました。
ヒアリングを重ねた結果、その判断は「気温+湿度+生地の触感」の組み合わせによるものでした。
そこで、
- 気温・湿度センサーを設置
- 計測データと不良率を突き合わせてAIに学習
- 湿度60%以上かつ気温28℃以上で“注意アラート”を出す仕組みを実装
これにより、新人作業者でも適切な判断が可能になり、不良率が30%削減されました。
成功のポイント:熟練者を“主役”にする
デジタル化は、「置き換える」のではなく、「残す」「広げる」ための手段です。
そのためには、熟練者の知識を尊重し、主役として参加してもらうことが大切です。
- インタビューでは“聞き手の姿勢”が重要
- 熟練者に「教える立場」としての自信を持ってもらう
- 成果が出たら、必ず“貢献者”として紹介・表彰する
これにより、社内に“知見をデジタル化して共有する文化”が根づいていきます。
まとめ:“職人の勘”は、技術の遺産
自動化が進んでも、「人が持つ経験値」は工場の資産です。
それを単なる“暗黙知”として埋もれさせず、センサーやルール、AIを通じて“継承される知”に変えることが、次世代のものづくりに必要です。
- 経験を言語化する
- ルールに落とし込む
- センサーと連動させる
- システムに実装して再現する
このサイクルこそ、“強い現場”を未来へつなぐ鍵なのです。