製造業における自動化の推進は、人手不足への対応、生産性向上、品質の安定化など、さまざまな効果をもたらしています。しかし、人が関わる工程がゼロになるわけではなく、むしろ人と機械の協働がますます重要になってきています。
そこで注目されているのが、エルゴノミクス(人間工学)の視点を取り入れた改善活動です。本記事では、自動化とエルゴノミクスを組み合わせて成果を上げた実践的な取り組み例やその考え方を、初心者にもわかりやすく紹介します。
エルゴノミクスとは?
エルゴノミクス(Ergonomics)とは、「人間にとって使いやすく、負担の少ない設計を目指す科学」です。製造業においては、作業姿勢・動作・高さ・距離・視界・力の使い方などを分析し、安全で快適、かつ効率的な作業環境をつくるために活用されます。
自動化とエルゴノミクスの関係
自動化=完全無人化ではなく、人が介在する工程をどれだけ楽に、安全に、ムダなくするかという視点が不可欠です。自動化された設備があっても、次のような“人側の負担”が放置されているケースがあります。
- 材料投入に無理な姿勢を取らされる
- ピックアップ作業で腰を屈め続ける
- モニターの位置が見えづらい
- 同じ動作の繰り返しで筋肉疲労が蓄積
こうした点にエルゴノミクスの知見を活かすことで、自動化設備の真価を引き出すことができます。
実践例①:自動供給装置+作業台の高さ改善
● 背景
ある食品包装工場では、包装ラインへの材料供給は自動搬送装置で行っていたものの、作業者が中腰でケースを開け、供給口に材料を移す必要があり、腰痛を訴える人が多く出ていました。
● エルゴノミクス的改善
- 供給口の高さを“作業者の腰位置”に合わせて再設計
- ケース開封のための簡易リフターを導入し、作業者がかがまずに済むように
● 結果
- 腰の負担が大きく軽減し、1日平均40分の作業時間短縮
- 作業者から「疲れにくくなった」「後工程の集中力が持続する」との声
実践例②:協働ロボットと姿勢誘導設計の融合
● 背景
電子部品工場では、協働ロボットが部品を仮組みし、作業者が最終調整する工程で、「手首をひねる」作業が多く、手首の腱鞘炎が頻発。
● エルゴノミクス的改善
- ロボットの部品供給位置を変更し、手首が自然な角度になるように調整
- 作業台に角度付きクッション支持具を追加し、腕を支える仕組みを導入
● 結果
- 腱鞘炎の訴えがゼロに
- 調整時間が平均15%短縮し、作業のばらつきも減少
実践例③:AGVと動線・ゾーニングの最適化
● 背景
無人搬送車(AGV)を導入した工場では、作業者とのすれ違いや交差による心理的ストレスが問題に。特に通路幅の狭い場所では危険を感じるとの意見が多数。
● エルゴノミクス的改善
- AGV用通路と人用通路を明確に分離(ライン・色分け)
- 作業エリアに視覚サインと音声ガイダンスを追加し、安心感を提供
- 休憩場所をAGVの通過ルート外に再配置
● 結果
- 作業者から「安心して作業に集中できる」との意見が増加
- ヒヤリ・ハット報告件数が半減し、定着率も向上
エルゴノミクス導入の手順
1. 現場観察(作業分析)
- 作業者の動き、姿勢、動線、繰り返し動作を記録・観察
- 動画撮影が有効(第三者視点での確認)
2. 負担の見える化
- RULA(Rapid Upper Limb Assessment)などの評価法を使い、身体への負荷を数値化
- 作業者アンケートやヒアリングも重要な情報源
3. 設計変更・補助具の導入
- 作業台の高さ調整、台車の改良、支持具や補助器具の追加
- ロボットやAGVの動作エリア・速度の見直し
4. 効果測定とフィードバック
- 改善前後で作業時間・疲労感・不良率・ヒヤリハット件数を比較
- 定期的に見直しを行うことで、継続的な改善へつなげる
自動化とエルゴノミクスの融合がもたらす未来
自動化だけでは解決できない問題も、人に優しい設計を組み合わせることで、以下のような効果が期待できます:
項目 | 効果 |
---|---|
作業効率 | 自然な動作・姿勢で作業が早くなる |
品質 | 疲労が減ることでミスが減少 |
安全性 | 動作リスクが下がり、事故防止につながる |
離職率 | 快適な職場環境で長期就業が期待できる |
まとめ
製造現場の未来は、ロボットが主役になるのではなく、人とロボットが無理なく補完しあえる環境をつくることにあります。
その実現には、自動化技術だけでなく、「人の感じ方・動き方・疲れやすさ」を考慮するエルゴノミクスの視点が欠かせません。
大がかりな設備変更が難しくても、作業台の高さ調整や部品の配置見直しといった小さな一歩から始めることができます。
自動化とエルゴノミクスの融合で、生産性も人の働きやすさも両立するスマートな工場を目指していきましょう。